その後の経過

 意気揚々と脱インターネット宣言はしたものの、やはりTwitterは未だにちらりと覗いてしまうし、つぶやいてこそいないものの、十年生活に根付いていたものからはそうそう離れられないのだと痛感した。どうしても積もってしまう独り言の欲が抑えきれず、遂には今朝つぶやいてしまいそうになったので、緊急避難として、リンクを添付しないことを前提としてこのブログの続きを書くことにした。これは一種の日記として、備忘録として、将来の自分へとあてた小説のネタ提供として、大いに活用されてほしいと願って執筆されている。誰に見せるわけでもないが、そうだな、またインターネットに舞い戻った折には、親しい人にログでも読んでもらおう。

 

 まずは近況。現状、新しい彼女とはうまくいっているし、互いの心中も気兼ねなく明かすことができていて、本当に心が休まる。元カノと自堕落なセックスに溺れていたことも告白し、その上で誠実に向き合う旨を告げ、彼女はその言葉に難色を示すこともなく、むしろ好意的な態度で接してくれた。最近、身の回りで色々な恋愛のゴタゴタを聞いた。そのどれもが例外なく男の浮ついた心と、それに傷心した女の大胆な報復(?)による一連のドラマであり、男とはなんとも贅沢なカス集団だなと、自分のことも含めてひしひしと感じる。金玉の皺が脳溝のそれと酷似しているのは、男が性器主体で物事を考えていることの証左にほかならず、つまるところ男は金玉の中に脳味噌を二つこさえているからタチが悪い。誠実であれよ。

 

 そういえば、元カノは家を出た。今は元カノとの同棲先にて、自分が一人で住んでいる形になる。ただしこの家は元カノの父の名義で借りており、月末には引き払うため、着々と荷物の整理を進めている段階だ。犬は人につき、猫は家につくというが、自分はどうだったのだろうか。元カノにも、この家にも、大した名残は感じていない。ただただ、実家へ戻ることへの不安感だけがぐるぐると脳裏を渦巻いている。そりゃそうだ、犬でも猫でもなく人だもの。強いて言うなら、もう何も気にせず部屋で煙草を吸えるようになったのは解放感がある。煙草をころころと変える男は浮気性とよく言うが、この度ようやく銘柄が落ち着いた。アークロイヤルのレギュラーや、ピースのシガリロに腰を据えることにした。しかし何分匂いが甘ったるいので、人前ではホープやハイライトに切り替えることもしばしば。ごめんなさい、全然落ち着いてないですね。ともかくとして、これからもこよなく愛するのは専らアークロイヤルだろうと思う。これなら、別にカートンで買ってもいいかなと。口腔喫煙を前提とした高濃度のシガー系にこのころ傾倒しており、アークロイヤルの巻紙はただの着色した紙巻でこそあるものの、その葉にパイプ煙草のものが流用されていることから、趣はそう変わらないものだと思っている。クールスモーキングを余儀なくされることからも、喫煙にあたってゆとりや余裕のようなものが意識されるので、精神衛生上よい。熟練の喫煙家がこぞってピースを愛好する気持ちが、今回にしてようやく理解できた。ていうか煙草といえば、前々から麦茶(中でもパックで煮出して、そのままパックを入れっぱなしにした水出しのやつ。エグみが出て下品なあのテイスト)と味が酷似しているように感じられるんですが、これ共感してくれますかね。特にホープ。シーシャに麦茶ぶち込んで吸ってる気分になる。こういう喫味をオーソドックスな国内煙草でこそ頻りに感じるために、どうにも苦手意識があり、だからこそ変わり種の洋モクとかシガー系の品々に惹かれるのだろう。

 

 何か、煙草を吸いながらここまで書くと、一旦気持ちが落ち着いた。あとはざっくり今日を振り返ってみて、終わりにしよう。

 昨日は荷造りや運搬、急な雨に降られるなどでひどく疲れたので、早い時間から泥のように眠った。そのおかげか朝4時半に目が覚めたので、家に残った食材を整理すべくビーフシチューを作り、炊飯をした。そうしてシチューで米を流し込む、らしくない食べ方をしながら日課のラジオを聴いていると、珍しいイベントが起こっていた。なんでも、そのラジオで顔の知れないリスナー同士が実は過去に男女の仲であったことが発覚し、男の方がまだその面影を追いかけているゆえに、女の方にラジオへの手紙でコンタクトを取ったという話だ。そのことをパーソナリティの二人は面白がり、また恋愛事に敏感なその二人は、男のことを「彼女に影響を受けすぎている」とも評していた。これだけを見ると、何ともまあ偶然もあったものだなと感心するばかりなのだが、しかしふと眼前のシチューと米に目をやると、そういえば俺の元カノもこういう食い方をしていたなと思い至り、何だか今自分がしていることが無性に未練がましく感じられ、謎の敗北感が押し寄せてきたので、憂さ晴らしにベランダで煙草を吸った。明朝で話し相手も見つからなかったので、音楽を添えながら、アークロイヤルとピースのローテーションで5~6本ほど。小沢健二THE BLUE HEARTSを3曲ずつ回したところで、気分が収まった。座り込んだ姿勢からふと空を見上げると、そこは気持ちいいくらいの快晴で、視界の下部を占めるベランダのフェンスが、それを見事に長方形の眺望へとトリミングしていた。その光景はどこかTwitterアカウントのヘッダーを想起させたので、なんだかおかしくなり、しばらく入道雲のどっしりとした姿に見惚れていた。

 それからいくらか経って、寝室へと戻った。特にすることもなく、未だに参加こそしないものの遠巻きに眺めてしまうTwitterへとログインし、またぞろ露悪的なコンテンツへの帰属意識へと強めてしまった。昨日、嫌なことがいくつか連鎖してしまったせいもあって、どうにも拭い切れない倦怠感を覚えたところで、風呂を沸かした。ゆっくりと身体を温め、さて時間も午前10時に差し掛かろうかというところで彼女が目を覚ました。いくらなんでも寝過ぎだろうとは思ったが、可愛いので許そう。その後は彼女と歓談しながら、こうしてブログを執筆するなり、彼女に齧った程度の社会学の概念を説くなり、またそれに伴って発生した学究的(この語彙を使うのは些か憚られるが、他に適当なものが思い当たらないのでご勘弁願いたい)な空気感から、互いの死生観やそのルーツについて明け透けに語り合うなど、昼間にしては込み入った話をしたと思う。彼女は自身のことがイマイチよく分からないと言う。自らの気持ち悪さにこよなく向き合ってきた自分からしてみれば、その感覚はどうにも理解し難く、ひとまず彼女が自分よりもいくらか若齢の女性であることを踏まえて、今現在提示されている情報群から判断できないのなら、これから自分と歩んでいく日々を整理してみることで帰納的に判断してみてはどうかと、まあ解決策になるんだかならないんだか分からないことを言った。とりあえず早い話が傍にいてくれっていうことで、なんだ、惚気か? よそでやります。すみません。

 

 そんなこんなで、まあ、いい感じの一日になりそうです。今日はこれから役所に行って住民票を貰ってきたり、煙草を買いに行ったり、家具家電の処分方法を具体的に考えてみたりしようと思います。

 

 あ、そういえば元カノに借りてた浅野いにおの漫画とかも読んだ。「勇者たち」めちゃくちゃ面白かった。これこそ露悪趣味やリアリズム、偏屈者の最たるものではあるけれど、やっぱり根っこのところではこういうものが好きで好きで仕方なく、この歳までその芸風でやってきた自分にとって、それを完全に克服することは土台無理な話なのだと思う。それがこれ以上加速して破滅しないようにすることが今の自分に課された課題であり、肝に銘じたい。

 

 そういえば明日、元カノが家を訪ねに来ます。書類整理とか、退去にあたっての色々をこなしに来ます。ホワイトデー乞食がよ!!!と貶しはしましたが、何だかんだ用意している辺りがキモいな。

 

 あー、久々に長文書くと楽しかった。いいなこれ。たまにやろう。

 

 また、ガスが溜まったら抜きに来ます。