目が覚めました

 彼女を失ってヒモ生活から脱したことで、否が応でも自らの過去や弱い部分と向き合わなければならなくなり、深い懊悩の渦中にありました。そうして色んな人と言葉を交わし続けた中で、一つ気付いたことがあります。自分はこれまで長くの間、自らの生育環境や対人関係に根差すソーシャルマイノリティに苦しめられてきました。虐待、服薬、性被害にまみれた周囲の人間のことを仲間だと思い、帰属意識を覚え、そのコミュニティで新たなコンテンツを提供していける自分になることを一つの目標として掲げていたのが、これまでの二十二年間の人生です。クソみたいな人生の上に下卑た笑いを被せ、覆い隠していくこの露悪趣味は、インターネットという場に身を置くことで益々加速していきました。確かに、同族との強い繋がりは生まれます。インモラルな行いに苦い顔をせず、それもまた経験だと、ある種懐が深いようでただただ破滅的な思想を持った仲間が次々と増えていきます。人間、幸せな方がいいに決まっているじゃないですか。ちょっと、振り返ってみます。小学三年生からの友人A。彼とは既に四度絶縁を経験しており、数年ほどの空白期間が彼との間にはあります。その間に彼は住処を追われ、ホームレス高校生として近畿一円を放浪していたそうで、その道すがら図ったヘリウム自殺によって記憶障害を患い、自分とのかつての思い出を忘れてしまいました。まあ、幼い頃は多少いがみ合っていた節もあるので、決して悪くないことなのかもしれませんが。次いで、中学生の頃に知り合った友人B。彼とは卒業後に親しくなりましたが、自分の知り合いの中でも生粋のインターネット育ちだと言えるでしょう。幼少期の性体験をルーツとする彼の歪みは今、女ホルを打って男娼をこなすことで有効活用されています。しかしこのAとBは揃いも揃って性機能が十全ではなく、重度の不眠症を患っているため、きっと子供の顔は見れません。彼らは自らが「若者」であるうちに、その生涯を終えることでしょう。それは少し、寂しく思います。友人Cのことは、痛く気に入っていました。彼女こそ前述する露悪趣味の最たる例であり、自らの生に道化として向き合っている姿が当時は魅力的に思えました。互いの過去を笑い話として提供し合い、傷を舐め合い、仲は急速に深まっていきました。親しかった頃、何度か性交渉の誘いを受けましたが、そういった間柄にはなりたくなかったので断り続けていました。彼女とはあくまで仲間として、エンターテイメントを共に観劇、あるいは演出する同好の士として慕っていたので、このことは今でも何ら後悔していません。まあ、そんなことは言いつつも彼女が他の男と自堕落にまぐわう時に限っては横で囃し立てていたんですから、最低ですね。彼女との最後の思い出は、元職場の精神疾患コミュニティで開かれた飲み会で40歳の上司と不倫に走ろうとしていたのを、横からやいやい煽っていた自分の下卑た姿です。その時にちょうど、先日浮気されてしまった彼女Aと付き合いました。まあ、こちらの子を選んでいて本当に良かったと思います。友人Cと寄り添っていれば、自分はきっともっと酷いことになっていたと思うので。ともかく、そういった遍歴を持つ自分の生き方に、今年二十二歳にして限界を感じたのが今回の感想です。自分は日頃より幸せになりたいと切に願っていましたが、その裏で不幸せになりたいとも、その破滅的な陶酔感にもっと溺れたいとも常日頃から考えていました。しかし悲しいかな、周囲の不幸に張り合っていると、下には下がいるもの。どれだけ渇望しようと埋まらない不幸の偏差値と、そのような中途半端な海域をふよふよと漂うことしかできない自らの不甲斐なさに日々板挟みになっていました。だからこそ、程々の不幸せ同士で身を寄せ合ってささやかに生きていこうと考えたのが先日までの彼女Aとの交際関係でした。というか、これまでの交際は全てそういった動機に基づいていたと思います。ただ一つの例外もなく。そうして辿り着いたのが「もっと引っ張ってほしい」の一言なんですから、報われません。自分でなく、こんな人間と付き合っていたその彼女が、です。とどのつまり自分は身を寄せ合っていながら、個人単位での幸福実現にしか目を向けられていませんでした。とても普遍的でたわいもない話ではありますが、そのことにようやく気付けました。共に不幸に酔うことは考えられても、共に幸福を追い求めることは出来ていませんでした。そのことは社会通念として、本来そうあるべきだという意識が自身の中に搭載されていただけにほかならず、それを全うしようという気持ちは、どこにだってありませんでした。いや、少しくらいはあったのかな。わからない。とにもかくにも、ようやく目が覚めました。先日、改めて母親と腹を割って話しました。相互理解なんて今更望むべくもありません。向こうは「心の弱さだ」との一点張りで、合理的示唆に応じるだけのバイタリティがもはや自分には備わっていないことには目を向けてくれません。しかし、そうは言ってもいられない段階に到達したように思います。あくまで自分は自分の思うことを表明した上で、しかし対立はせず、平行線の上で家庭と折り合いをつけていくことにします。無論、今でも父と会話を交わすのは心苦しいです。きっとまた過呼吸に陥ることなんかもあると思います。その時は然るべき医療施設に掛かり、処方を受けることで何とかやっていこうと思います。この一連の心情の変化は昨日、2020年2月25日に交わされた様々な人々との会話、またそれに至るまでの二週間の懊悩をもとに構築されています。最後に背中を押してくれたのは、誰だったんでしょうか。昨日は、古くからの友人に叱られました。「お前、もう笑えなくなってきてる」と。その友人を擁するグループとは旧知の仲で、そこで様々なやり取りが交わされました。無理解な友人からの心ない言葉もありました。「病むのか笑わせるのか、どっちかにしろ」と。自分は深く傷付きましたが、思えば一番自分の話を最も楽しんでくれていたのは他の誰でもない彼であり、その呵々大笑を顧みると、無下にもできないと思いました。元カノとは、煙草を吸いながらベランダでぼやき合いました。彼女は本来煙草を嗜みませんが、自分の渡すアークロイヤルにだけは口をつけてくれます。シガーキスなんかもやってみたらそれっぽいかなと思って試しましたが、こういうとこがいかにもオタクっぽいですね。恥ずかし。色んなことを話しました。彼女になるまでの付き合いも長かったので、それまでの思い出や、付き合ってからのあれやこれや。口を開いているよりは、吸っている時間の方が長かったですが。互いに「エモい」の意味について、思うところを話しました。自分にとってそれは「そう悪くない気分」のことで、彼女にとってそれは「人間味」のことでした。彼女は常々、自分のことを人間味があって好きだと言ってくれていたので、彼女にしてみれば自分はきっとエモい人間なのでしょう。だとすれば、そう悪くない気分になります。彼女は新しい男に連れられ、急遽田舎に帰省することになるそうで、その男もそこに居を構えて身を埋める気でいるそうです。結婚を前提とした交際を望んでいるそうで、この一連の所作はきっと彼女を自分から引き剥がしたいが故のそれなんだと思います。日も浅く、付き合いたての突貫工事でどこまでいけるのか見物ですが、少なくとも自分はうまくはいかないだろうなと思います。他人の生育環境に根差すトラウマに対して「家庭のせいにするのは甘え笑」という言葉を吐いてのける人間が、あの女とうまくいく筈がない。まあ、変に子供だけ作ってしまってコブつきとかにはならないでね。君には幸せになってほしいけど、少なくともその男とはなってほしくないよ。向こうに行っても頑張ってね。そんな彼女には、吸い終えたアークロイヤルの空箱を渡しました。また吸う機会があれば、これにしようかなと言ってくれたので。彼女は忘れっぽいので、現物がないときっと買えません。そうやって、更生するための色んな「バネ」を得た自分のもとに、新しい彼女ができました。初めての歳下の子で、とても甲斐甲斐しくて、初々しくて、俺はこの子をこそ幸せにできなければ、この先変わる機会なんて訪れないんじゃないだろうかという気さえしています。それに際して、このインターネットの世界からはしばらく身を引くことにしました。無論、SNS全盛の時代です。完全に断つことこそ出来ませんが、前ほどのめりこむ必要はもうないでしょう。誰も彼もが義憤に駆られ、その裏では露悪的なコンテンツ精神の横行するこのインターネットには、幸せなどどこにも存在しません。この十年弱、もちろん楽しいことはありました。インターネットによって得た人の縁はかけがえがなく、それはこの先も変わらず大事にしたいと思っています。しかし、今は。ここに身を置き続けることで、失うものこそあれ、何か得るものがあるようには思われません。もう少し、強い人間になってから、自分はここに帰ってきます。

 

 ここまで長々と曝け出してきましたが、これまで無機質なインターネットオブジェたらんとしていた自らに対するアンチテーゼとしてこれを提出することで、「とろゝ」のインターネット生活の幕引きとしたいと思います。